문의

東京に国境なしのコミュニティを!人生の財産である友達を沢山作ろう!

シェアハウス国際交流協会ボーダレス東京では外国人と日本人が共同生活を送れる場所、(シェアハウスin 東京)を提供しております。私ども(国際交流協会ボーダレス東京)は『友達は人間の中で一番の財産である!』と考えております。お金よりも、仕事よりも、地位よりも、名声よりも、なによりも。

にもかかわらず、東京砂漠と呼ばれるここ東京では(もちろん、他の都市でも) 人は社会人になると仕事で一日の大半が終わり、クタクタでそのまま帰って寝る、 そして次の日の朝起きたら昨日と同じ一日の繰り返し。 気がついたら友達と馬鹿笑いをしていた日々は遠い昔のかなた・・・。

東京で、もっと馬鹿笑いをしようじゃないか! で、どうせなら色んな人間と馬鹿笑いをしようじゃないか!

シェアハウス国際交流協会ボーダレス東京はこのホームページより色んな国の人が集まり, シェアハウスでの共同生活を通じてお互いの価値観を認め合える。 そんな楽しい場所作りを目指しております。シェアハウス国際交流協会ボーダレス東京を通じて新しいシェアメイト、新しい相談相手、新しい酒飲み友達をつくり、 この東京生活をもっと充実したものにしていこうではありませんか!

シェアハウス国際交流協会のキャッチフレーズは“東京でのシェアハウスライフを楽しむ !!”シェアハウスを通じて人生をより充実させたい、一生の友達をつくりたい。そんなあなたに活用していただければと思います。

シェアハウス“Borderless-Tokyo(ボーダレス東京)”の名前の由来、日本人にとって外国に行き、そこで日本人だけのコミュニティの中で生きるのはいささかもったいないように、外国人にとっても日本に来てその方と同じ国の人たちのコミュニティに埋没してしまうのは悲しいことです。(もちろん異国においては同じ人種の友人は逆に絶対に必要だと私は個人的には思います)

この問題を解決するには勿論異国に来た本人の努力も必要ですが、 その方を受け止めてあげられる本国の人間も絶対的な要素として必要だと思われます。シェアハウス国際交流協会に入居される日本人の皆様には是非その役目を請け負っていただきたいと思います。

あなた方の親切心によって外国人が日本に持つ印象が決まるといってもいいと思います。それは逆にあなたにとっても良い事だし、今後の日本と外国との関係にも発展していくことだと思われます。

そうような意味を込めて私達(シェアハウス国際交流協会)は東京にある国境のない場所、 つまりBorderless-tokyo(ボーダレス東京)という言葉を使用しております。

私たちのこと

私たちはワーキングホリデーでオーストラリアのシドニーで知り合いました。
二人とも知り合った当時はお互い別々のシェアハウスに住んでおりました。

私(近藤 誠二)は当時シドニーにある小さいラジオ局で働いておりました。
ラジオ局で番組制作をするというのは私の数年間の夢であり、 毎日が楽しくて仕方がなかったのを覚えてます。あまりにも情熱を込めすぎて過労でぶっ倒れたこともありました。(笑)しかし、そのラジオ局は残念ながら今現在は倒産してしまい、ありません。

彼女(近藤 しのぶ)は一方、ワーキングホリデーで滞在できる期間である年間の間に シドニーで100人の人と友達になって、その人たちの似顔絵を描くという目標を持っていました。
私は海外生活が10年ぐらいだったので文化や言葉の問題はなかったのですが、 彼女はそのときが始めての海外。英会話も厳しい状況。 色々と大変だったと思います。

そんな、なんの接点もなかった私たちですが、偶然にも私がそのときのシェアメイトと 『東京ビデオフェスティバル』という大会に向けて映画を一本撮ろう! と決意したことで出会うこととなりました。

映画作りにあたって、スタッフが必要だったので募集をかけたところ、彼女が応募してきたのです。
そこから彼女が当時シェアをしていた仲間とも知り合いになりいい友達になって、 その仲間の仲間とも知り合いになっていくのですが、 このときの生活は本当に面白かったのを今でも思い出します。

仕事帰り、ピザを一枚買って友達の家に行くと、安いワインをみんなで飲みながら、 ピザをつまみにほとんど毎日馬鹿話で盛り上がったり、その中でお互いの夢について語り合ったり、 時にはおまえのこういうところが駄目なんだ!とか熱くなったり。 いきなり朝の4時半ぐらいに『釣りに行く!』とかいいだして、釣りざおをもって 海までおんぼろ車に乗って行き、タコとかイカとかコチとか釣ってきて、早朝から鍋やったりとか。 その鍋も、なぜかチーズと味噌を一緒に入れてみたり、もうむちゃくちゃなんだけどなぜかうまく感じてしまう。 しかも、釣ってきたタコをさばく時もさばき方がわからなくてとりあえず、頭を包丁で刺したら死ぬだろうと思って 突き刺したはずなのにタコの腕が自分の包丁を持っている腕に巻きついてきて どんどん体の方まで昇ってこようとしたりして、もうぎゃーぎゃー言いながらやりました。

そういうことを共にしてきた連中とは今でも交流があって自分の大切な財産になり、 その中の一人が今の私の妻になり、
友達もそのときのルームシェア相手のなかから結婚相手を見つけてしまった!(笑)
シェア生活を通じて私は沢山の良い思い出を手に入れてきました。
そんな私たちはたまたま日本に帰ってきたときにシェアハウスというものが 日本にはまだないと気が付きました。
丁度そのころ私のところに転がり込んできたオージーの友達も 『誠二、シェアハウスみたいなのは日本にはないのか?』 と聞いてきていました。

そのとき私は『私たちのような経験を是非沢山の人に経験してほしい!』という思いと、 『シェアハウスを自分たちで運営することで中々住まいを見つけられない外国人 (保証人がいないということだけで、ほとんど断られたりします)にもきっと役に立つはずだ!!』 との思いで私たちは突っ走りはじめました。

そしてもうすぐ12年になりますが、 今ゲストハウス国際交流協会には14件のシェアハウスと約90名弱の人が集まるようになりました。
今では月一恒例のバスケやバレー、新人歓迎会など、ゲストハウス交流イベント行事も増えてきました。
もちろん、最初からこうだったわけではなく、私たちも人と人のつながりを大切にしたいと思ったので 私たちが主催で月一のゲストハウス交流パーティーをしたりしていますが、

今では私たちが先頭に立たなくともみんながそれぞれの意思で 色んな趣向のパーティーを開くようになってきました。

個性豊かで爽やかな人間がそろって、数年前に私が経験してきたような馬鹿笑いが いろんなところから生まれてそれを見るたびに私たちは凄く嬉しいし、 入寮者のみなさんにはもっともっと幸せになってほしいって思っています。
そのための協力は出来る限りするつもりです。

実はこの仕事をはじめてもうすぐ12年ですが、 その間にここで知り合って結婚したカップルも7組現れました。

また、 韓国人を初めとする外国人スタッフもできたりと今では本当に数少ないですが、 色んな人にこのゲストハウス国際交流協会は支えられています。

さて、私たちは今47歳と45歳で子供も娘が4人います。
私たちがシェアを楽しんでいた20代という時期は仲間と知り合う本当に大切な時期だと思います。
もちろん、30代でもそうですが、仲間のために思いやり、 仲間のためになにかしてあげることって本当にかけがえのないものだと思います。

そのきっかけをあなたも是非ゲストハウス国際交流協会で知ってもらえたらと思います。

尚、余談ですが、最後に私の将来の夢というか、目標をお知らせします。

何年先になるか分かりませんが、 オーストラリアのシドニーで日本語放送のラジオ局を開局(復活)させることです!
最初にも書きましたが私は過去にラジオの仕事をしていました。
そのときにシドニーに日本語放送のラジオ局があったらどんなに現地の日本人や観光客、 ワーキングホリデーや留学生の役にたつか!また、オージーと日本人の掛け橋になることか! 想像するだけでワクワクしてたものです。

だってそうでしょ?
東京とは違い、現地で聞ける唯一の日本語放送局なんですから!
きっと人々の役にたつし、絶対に必要なものだと確信しています。

実はラジオもシェアも共通項が結構あったりします。
ラジオの場合、番組の作り手が全員馬鹿笑いができることが良い番組を作っていく上での最低条件。
だから作り手はつねに楽しい現場作りを目指します。
シェアも、何かの縁で一緒になった人たちと馬鹿笑いをすることによって より良い人間関係を築きあげることができます。

両者の共通点。

やっぱりそれは『馬鹿笑い』ですね!

 シェアハウス・ゲストハウス【国際交流協会ボーダレス東京】 近藤 誠二